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we are soldiers stand or die

は。

ひさしぶり、まじめに。というか憂鬱に。

最近、というか、今年一年だけれど、思うのは、知人には失礼な話だが、中々こう、腹を割って話せる相手がいない、なぁ、と言うこと。
いやぁ、近況報告や、内情、弱音など語り合って、それなりに、は、通っているような気もするのだけれど、否、真意が繋がっていないというか、やはり互いの本当のあり方を理解しあうというところから既に、難しいのだ。しかるに、その後続く思考や理想も、すれ違う。
同時に、引け目も感じる。
同年代の友人は、今まさに若者として人生の最も大切、というか、活力に溢れていなければいけない時期だと思う。しかし常にフル回転のモーターは非情に不安定だ。ちょっとしたつまずきで、簡単に転んでしまいかねない。すると、こちらのあまりに貧弱な弱音や答えのない疑問が、大変に邪魔になってしまう。それでもこちらも、やはり、参っているので、助けを乞う、しかし、やはり、あまり全てもたれるのは、重い。不安定な彼らにそれは苦と言うものだ。
すると、やはり、あたりさわりのないところで、なるほど、そうだね、がんばるよ、と言って、大丈夫なふりをするしかない。
でなければ、              。
だから、なんでもないふりをすればいい。友人の仕事の愚痴も、学業の悩みも、作品の思いも、僕は全部聞いて、でもきっと相手も、全部は、言っていないのだろう。僕は全部聞きたいと思うのだけれど、聞いて、言って、したい、が、それは、個人としてあるためには反則なんだろう。だからみんな、それは、言わない。僕は、言いたい。言って、答えが欲しい。本当の答えが欲しい。強がりや、体面として正しいあり方ではなく、真理を教えて欲しい。

学生の頃、成績はまあまあいい方で、体育以外は。中でも、数学が好きだった。否、好き、ではなく、得意だった。か。
けれど、問題があって、それを解いて、答えが出す、という作業は苦手、というか、苦痛で、どうしても、先に解答を見てしまった。答えを先に知って、どうしてそのようになるのか、そう考えて、理解する、それが僕の勉強方法だった。
同じように、あてどなく答えを探すのは、疲れる。苦痛だ。
答えを知って、そのようになる理由を考えながら、そうなっていきたい。

作品についての展望が、少し、見えた気がしたのだが、僕が、声に出してはいけない言葉を言ったので、世界が変わってしまった。同時に、ヴィジョンも崩れてしまったように思う。
意識をもち変えて世界を見たら、また少し輝いて見えたのだけれど、それを人に言ったらまた、だめになった。これは僕の中で秘密に飼っておくべき考え方だったのだ。知られたらそう、当然、ひややかになる。他人の意識の持ち方が、合わないので、自分の中で、意識を変えればよかったのだが、それを人に知られれば、人もその言葉の意味で、別の意識を持ち直す、しかしそれは、僕の意識と対になるものではない。知らせなければいけなかったのだが、知らせれば、誤解される。やりにくい。
コバヤシ君には、あまりそれがわからないようで、コバヤシ君とは最近仲が良くなったのだが、最近、というと、僕の意識が変わってからである、すると、いわゆる前提がわからない、最初から僕が、そうやって制作している、いけるものだと感じるだろう。しかしそれは虚構であり、現実のものではない。現実の事象とつなげた途端に、ほつれて消えてしまう。コバヤシ君は知らないので、つなげようとしてくれる。ありがたいことではあるが、前提のある僕を考えると、すこし、迷惑な作業でもある。恩知らずな話だが、事実。善行が善である確証はない。
関係ない話だが、彼には皮肉が通じないようで、僕はつまり、最近になって実感したのだけれど、どうにも、皮肉しか言わないようだ。すると、意図が正しく通じ合うことは、なかなか難しい。自分の気持ちを正攻法で伝える努力をしないといけない。
人の心は裏目裏目に幾重にも折り重なってるように思うので、多少婉曲して伝えた方が、折り目の隙間に入っていくような気がするのだが、少なくとも、彼にはそうではないようだ。
だから第三者の意見を聞いた時など、相違が出てくる。
僕は言葉の内包する別の意味を探るが、コバヤシ君は素直に、うけとる。
どちらが正しいかと言えば、恐らくコバヤシ君なのだろう。
建前で成り立ってる世界を建前の通りに生きているのだ、何事もが円滑に進む。
僕のように本音を探って、せっかく相手の立てた建前を台無しにしてしまえば、当然頓挫する。
しかし、建前だけでよしとする頭の構造ではないので、これは仕方ない。

人の言葉には掛け値というものが存在する。
どんな言葉にも、真意以上の意味を内包しているということだ。
それに誰しも、自分の気持ちを全く正しく適切な言葉で完全に表現するということは難しいと思う。口をついて出る言葉も、実際はそれほどまでには思っていないことが多い。
するとやはり、単純に言葉の意味を紐解くだけでは不十分である。
あてどなく、答えを探る他ない。

もっと自由に生きていいのだろうか。
相手のことを考えないで接していいのだろうか。

そんなに人によく思われたいのか、とよく言われる。
そういう気はない、と答えてきたが。うん、そういう気はない。
よく思われたいのではなく、否定されたくないのだ。
否定されれば、何もできなくなってしまう。
何故か。
どうも「自己評価の低さ」が原因らしい。
どうしても『自分<他人』なので、他人から否定されれば自分の意思には関係なく、それはダメになってしまう。
何だかんだで、社会的にいわゆる少数派、弱者側の因子を多く含んでいるので、それを良しとしない人がいれば、自身の存在そのものも否定せざるをえない。
じゃあもっと自信を持てよ、ということになるが、そうともいかない。何故いかないか、わからない人がいたら、コバヤシ君的に言うと「ダサい」ね。
そうしなさいと言われて、はいそうしますとなれるなら、最初から問題にならない。
おもちゃを片付けない子供とは訳が違う。
どちらが正しいかわかっているが、どうしたらいいのかさっぱりわからない。

わからないので、幻想に逃げたのだ。
ずっと、死んだ後のような感覚が続いている。
死んだ後、今までの人生を現在も含めて傍観しているような、イメージ。
未来から断絶された世界と言うべきか。先がない。
まさに今、死んでもいい。死ぬべきだ。

そう思いながら、生きている。
とても健全な状態ではないが、安らかな顔をしているので、気付かれることはない。

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